7.31.2015

1,300,000,000 と 1,000,000。

13億円と100万円

この数字の差はどう説明されるのだろう。




ここのところ 2020 年の東京オリンピックに向けた各製作物のデザインについて話題になっている。

この先 10年、20年と残っていくものに対して世間の関心は高く、みんなが納得できるものを美しく、リーズナブルに創り上げるのは容易なことではないようだ。


知人づてから流れてくる記事など見ていても、誹謗中傷(?)や批判の声、擁護する声などとてもにぎやかだ。

デザインの講評についてはする必要もないので、そのデザインに対する「対価」について簡単に考えてみたい。



先日佐野氏のデザインした東京オリンピックの公式ロゴマークが発表された際の、ニュース記事の下の方に「・・著作権譲渡を含む報酬 100 万円と・・」という一文を見て、目を疑った。


新国立競技場の設計コンペで Zaha Hadid 氏に支払われた監修料は 13 億円というニュースも以前目にしていたからだ。







単純に建築とグラフィックデザインを混同する訳にはいかないが、どう考えてもこの「1300倍」の差は腑に落ちない。


広告やグラフィックのデザインに携わるデザイナーなら、佐野氏が著名で実力のあるアートディレクターであることは皆知っている。


その日本でも有名なアートディレクターが気持ちを込めて手がけたデザイン、しかもこの先 2020 年まで、そしてそれ以降も後々まで残っていくオリンピックのロゴマークに対して「100 万円」という賞金。


デザイナーなら承知の通り、製作物はその露出度や重要性によって対価が大きく変わるものだ。




色々な意見があると思うが、果たして世界的に有名な Zaha Hadid 氏の手がけたアイデア段階の建築と、日本でも指折りのアートディレクターの手がけた納品済みのロゴマークに「1300倍」の差があるのだろうか。



常々思う、日本全体の「デザイン」や「クリエイティブ」への価値意識の低さに対して、残念に思ってしまった。


優れたアイデアや創造されたものに対する対価・報奨がこの程度なのであれば、誰も美しいもの、画期的な発見、発明、クリエティブな活動に対して夢を抱かなくなってしまうだろう。



もっと評価のされる場所を目指して、たくさんの人が飛び出していってしまうかもしれない。



今回のようにロゴマークが騒動になってしまっては、説得力のない例になってしまったかもしれないが、騒動が起こる前からの事実として、このロゴマークデザインの著作権譲渡を含む賞金は 「100 万円」だった。




これはオリンピックマークが提供する価値や東京オリンピックを世界にアピールするためのリソースが、ある意味 100万円分だということだ。



この先街頭でこのロゴを目にするたび、この東京オリンピックのシンボルとなるマークが   

 100万円だということ、新国立競技場には迷走の果てに 2520億円の税金が投入されようとしていたこと、この日本のクリエイティブに対する意識と価値認識の低さに対して情けなく思うことだろう。









追記:
あまりにも「2520億円」が想像できないので例を考えてみた。
軽自動車は込み込みで「100万円」を基準に買えるものが多い。

それで計算すると、佐野氏は軽自動車が 1 台買える。
Zaha Hadid 氏は、13億円で軽自動車が 1,300 台買える。

「2520億円」だと軽自動車が 252,000 台買える金額ということになる。
(これもあまり想像できない例かもしれない)





A.Oono

Borderless Inc.

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