榮久庵会長との話。
榮久庵会長のことを初めて知ったのは、確か藝大のデザイン史の講義の中でだったと思う。
GK Design Group の存在と、その社会的な貢献について知ったのも同じ講義の中でだった。
自分が生まれる30年以上も前にデザインの道を志し、同じ大学に学び、この国に「デザイン」という概念がなかった頃からそれを植え付けるため日本中を奔走された、その会長が特別講義のために藝大に来られた時は興奮した。
大学三年生の時だっただろうか。
その後就職活動を始め、色々な検討材料と選択肢が生まれていく中で、縁あってGKメンバーに加わることになった。
就職の面接時やその後の社内イベントなどで、ことあるごとに「会長のもとで学びたいと思ったからです」とGK入社の動機を話してきた。
デザイン業界で時折噂されるとおり、GKという組織は榮久庵会長を学校長とした大学院、もしくは研究施設のような場所だ。
何かを追求するという意味でこれ以上の環境はなかったかもしれない。
入社式では新入社員一人一人と食事をし、人となりを質問された。
春は目白の、桜の綺麗な椿山荘のレストランで。
知った風な口をきいて、ぴしゃりと話を遮られたことを覚えている。
その後6年間、年末年始の挨拶、社内セミナー、終戦記念日、会長のお誕生日会や創立記念式などの中で、会長のご経験とそれによって学んだ知見、大切な心得などを教えていただいた。
会長の言葉で忘れられない言葉はこの三つだ。
「どうだ、すごいだろう、日本人の腕は精神までつくるんだ」
「人生には良い釣り竿が一本あればいい。他には何もいらない」
「美は戦争に勝つよりも重要な場合がある」
一つ目と二つ目は会長の古いコラムの中の一文だ。
三つ目は直接私に仰った言葉だ。
2012年の終戦記念日。定例式典のあと、新宿摩天楼を望む目白の会長のオフィスへ、GKを卒業しますとご挨拶に伺った。
当初の予定30分を大きく超えて、180分お話してくださった。無理を言って記念撮影までしていただいた。
会長の歩まれた道と、ご苦労は自分などでは測り知ることもできないが、目に焼き付けた姿は忘れずに、自分の道を前に進みたいと改めて思う。
今朝、榮久庵会長が逝去されたことをニュースで知った。
もう少し活躍できるようになったら、自宅からほど近い、眺めの良い会長のオフィスへ報告に行くつもりだった。
GK 在籍時には大変お世話になった。
200人を超えるデザイナーのいる大所帯の組織の中で、どれだけ私のことを覚えておられたかはわからないが、これだけ尊敬できる方のもとでデザインに向き合うことができたことは、自分にとって幸運だった。
会長、長い間本当にお疲れ様でした。
心から有り難うございました。
大 野 新
0 件のコメント:
コメントを投稿